Pine Trees
2023
Inkjet print / each: 1820×5460mm
Installation view of Hiroshima Prefectural Art Museum / Photo: Kensuke Hashimoto
私は、戦時中に縮景園内で保管され被爆した能道具との出会いを機に、戦前の広島で盛んだった能の文化へ視界を広げることになった。能をテーマとするにあたっては能舞台の空間性に興味を持ち、その中でも特に、能舞台に描かれる鏡板の松の絵が、舞台正面先に立つ影向の松が舞台側に映り込んだものとする説に着目した。
つまり鏡板の松は、松の虚像としての仮象なのである。私は日本中の能舞台の松の絵を参照して、それらの盆栽を作るかのように、ジオラマの手法でミニチュアの模型として再現した。その松の模型を並べて光を照らし、壁に現れる幻影を松林図として抽出している。それぞれ作品の横幅は、能舞台と同じ三間(5.46m)で出力されている。
松は、冬でも青々とした葉を付ける常緑樹であることから不老長寿を意味し、影向、すなわち神が降りてくる樹として信仰の対象にもなった。日本人は、永遠性・象徴性・超越性を松に見出し、造形を通してその理想形を追求してきた。その系譜を追体験するような本作のプロセスを通して、実体のない松の観念の集合としての松林図を提示することを試みている。
影は、原子爆弾による圧倒的な暴力の痕跡として、ヒロシマの表象の中で繰り返し用いられてきたエレメントでもある。本作を制作するにあたっては、原爆投下によって焼失した縮景園のイメージが念頭にあった。その熱線と業火によって、焼かれ、捻じ曲げられ、灰となった、かつての美しい縮景園の松林の姿を想像すること、それが本作のもう一つのコンセプトである。
Making of Pine Trees
2023
Photo: Ryohei Kan
Installation view of “Half-life of Archtype”
2023
Hiroshima Prefectural Art Museum / Photo: Kensuke Hashimoto
縮景園の歴史性と向き合った展覧会《Half-life of Archtype》に際して、縮景園で被爆した能道具との出会いを機に、戦前の広島で盛んだった能をテーマとした作品の制作を開始した。能舞台の鏡板の松を起点に派生した作品で構成した空間には、広島ゆかりの画家による同じく松にちなんだ日本美術の作品を併せて展示した。
江戸期の狩野派による《松図》、江戸期の広島で活躍した岡岷山の《仏法僧図》や《山水四景図》、また同じく岡岷山の手による18世紀の縮景園を描いた《縮景園図》、明治から昭和にかけて広島で活動した里見雲嶺の《三保松原図》などである。
絵巻物の《山水四景図》と《縮景園図》が展示されたガラスケースの中央部は壁面を大きく空け、対面に展示した自作《Pine Trees》のガラス面への映り込みが際立つよう工夫している。
《Pine Trees》は、舞台正面先に立つ影向の松が舞台側に映り込んだものとする、鏡板の松の設定になぞらえて制作した幻影の松林である。本作が、ガラス面に投影されることで、岡岷山らによる様々な松の作品との共振関係が生まれることを期待した。