Gateposts at Shiomachi Junior High School, Miyoshi City
2023
Photography
Supported by Kensuke Hashimoto
「Then we should call this a sacred place / なら、ここは聖地ではないか」
広島県広島市上幟町のgallery Gの斜向いに位置する縮景園にはかつて、旧広島藩主浅野家によって1913年に設立された国内最初の私立美術館「観古館」があった。1945年の原子爆弾によって完全に焼失した観古館であるが、正門の四本の石柱は被爆による破壊を免れた。そのうちの二本の石柱は1971年に広島県三次市大田幸町の塩町中学校の正門として移設され、2007年12月に現在の校舎に改築された際に駐輪場の入口に移動し、今日まで保存されている。
しかし、この門柱がなぜ約60キロも離れた県北の中学校に運ばれたのか、その経緯は長らく不明とされてきた。そして、この被爆門柱の謎について現地でリサーチを進めたところ、門柱の移設には三次市出身の元広島平和文化センター初代局長の田淵実夫が関与した可能性があることを突き止めた。こうして私は、三次の地から、広島における戦後復興期の時代性と歴史継承の問題について考えることとなった。
展覧会では、現存する門柱の精巧な3Dデータに基づく原寸大レプリカを中心に配置し、かつての観古館の門柱の姿を現在の風景の中にオーバーラップさせた映像作品、原子爆弾投下後から三次市に移築された経緯やその後の保存にまつわる関連資料やインタビュー、記録映像などを展示した。本展は、ワークス・イン・プログレスの形でリサーチの内容を発表するものであったが、中国新聞で本展の取り組みが紹介されたこともあり、その問いかけは地域の人びとの関心を広く集めるものとなった。
会期中には、縮景園の近隣住民や塩町中学校の卒業生をはじめ、三次市と広島市の被爆後の状況に関心の高い市民らが会場を訪れ、数多くの伝聞や写真、文献資料が私のもとへ寄せられた。また、会期中に開催した二つのトークイベントでは、この門柱を介して戦後の歴史的空白について来場者と問題を共有した。ワークショップでは、gallery Gの周辺に残されたいくつかの被爆門柱を徒歩で巡り、戦前の軍都としての広島の姿と戦後の変貌についてフィールド・リサーチを行った。
本展の展覧会タイトル「なら ここは聖地ではないか」は、田渕が浅野図書館の館長を務めていた折に職員から聞かされた、被爆直後に図書館の地下室で遺体が焼かれたというエピソードに対する彼の言葉から引用している。多くの人間が無惨に死に絶えた空間、それはえてして不吉な記憶を宿した忌まわしい場とも受け取られかねない。しかし、田淵は死者に対する畏敬の念を込めて、破壊された図書館を、そして恐らくは広島という場所全体を「聖地」と呼んだのだろう。
被爆後の縮景園もまた多くの人間の命が失われた場所だった。戦時の縮景園は避難所に指定されていたため、多くの被災者が命からがら逃げ延びてきた。観古館の門柱をくぐって園内に入った者や門柱によりかかりその場で力尽きた者さえいただろう。亡骸と瓦礫で埋め尽くされた一面の焼け野原の中に立つ石製の門柱は、さしずめ死者を弔う墓標のようにも映ったかもしれない。2015年に塩町中学校の門柱に説明の標柱を立てる活動を行った地域住民の一人は「(被爆門柱は)三次市塩町にある原爆ドームだ」と語ったが、被爆後に多くの被災者が三次に避難した事実を鑑みれば、この門柱が被爆の記憶を想起させるメモリアルとして三次の地で保存されていることの意義は大きい。
Installation view of “Then we should call this a sacred place”
2024
gallery G, Hiroshima / Photo: Kensuke Hashimoto
Floor map of the exhibition >PDF
Full-size Model of the Gatepost at Kankokan
2023-2024
48(W)×48(D)×320(H) cm
Mixed media
Supported by Kensuke Hashimoto (3D), Sugitani Inc.(Production)
Photo: Kensuke Hashimoto
Information Board of the Gatepost, Shiomachi Junior High School
1971
45×60cm / Iron plate
Collection of the Shiomachi Junior High School
Photo: Kensuke Hashimoto
AR, the Gatepost of Kankokan
2024
Single channnel video, iphone / 01’36”
Supported by Kensuke Hashimoto (3D)
Photo: Kensuke Hashimoto
Documents Panel
2023-24
each: 91×182cm / Documents, postcards, photography, etc.
Supported by Shizuka Matsunami (Research), Kensuke Hashimoto (Photography)
Provided by Shiomachi Junior High School, Miyoshi City, Fellowship for Takoh Local History, Hiroshima Cuty Library, Hiroshima Peace Memorial Museum, The Chugoku Shimbun
Photo: Kensuke Hashimoto
Documentary on the installation of the Signpost for A-bomb Gatepost
2015
Single channnel video / 12’29”
Provided by Fellowship for Takoh Local History
Photo: Kensuke Hashimoto